人間と痔(じ)とのかかわりは古く、紀元前1600年ごろの「目には目を、歯には歯を」で有名なバビローアのハムラビ法典には「痔の治療代」が定められていたほどです。痔は歴史上の高貴な人も悩ませました。「朕は国家なり」で有名なフランスのルイ十四世は国内外に大いなる威光を示したことから、太陽王とも称されていましたが、そんな絶対君主であった彼を悩ませた病が痔痩(じろう)。1686年、彼が四十八歳のとき、王室外科医であるフェリックスの執刀による手術を受けています。
この時期、彼はオランダなど周辺諸国の連合軍との戦争を計画しており、まずは自身の悩みを解消し、戦に臨もうと考えていたのかもしれません。日本では豊臣秀吉の子飼いの猛将、加藤清正も「痔主」でした。清正といえばトラ退治で有名ですが、この猛将にも退治できなかった手ごわい相手が「痔」だったのです。
清正の痔疾はかなりひどく、一度トイレに入るとなかなか出られず、痔との闘いは、ときには一時間にもおよんだそうです。
さらに、文豪夏目漱石の未完の大作「明暗」は「医者は探りを入れた後で、手術台の上から津田をおろした」と主人公が痔の治療を受けているところから始まりますが、これは漱石自身の苦痛の経験をそのまま生かした書き出しになっています。
人間はこのように古い時代から痔に悩まされています。そして紀元前1600年のバビロニアのはるかかなたの時代から現代まで、痔に悩む人は一向に減少する気配がありません。それどころか、痔に対する知識はいまだ不十分で、自分が苦しんでいる「痔」がどんな「痔」なのかも知らない人が多いのが現状なのです。
こんなわけですから、潜在的な痔主を入れると、日本人の約40%の人が痔を持っていると推定されます。痔がむし歯に続き「第二の国民病」と言われるわけです。
ではなぜ、人間だけが痔になるのでしょうか。以前は「人間が立って歩くようになったせい」と言われていました。しかし現在は「トイレを我慢するのは人間だけ。便意を我慢するうちに便秘になり痔に苦しむようになった」という説が有力になっています。
いずれにせよ、人間は有史以来、痔に苦しんできました。しかも、現代人はさまざまな環境から、ますます気ままに排便できない状況にあります。痔は、人間が人間として生活する以上、避けられない文明病なのかもしれません。